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少し汗ばむ陽気になってきました。初夏の気配を感じる5月下旬… この季節になると、東京事変の「化粧直し」が聴きたくなります。 このバンドには珍しいボサノヴァのリズム、都会の孤独な女を歌った詩、艶っぽい椎名林檎の声。アダルトというアルバムの名に一番ふさわしい歌だと勝手に思っています。 この歌を最初に聞いたのはもう5年も前のことですが、実は歌詞の意味するところが完全には腑に落ちておらず、ずっと雰囲気だけを味わっていました。   貴方に逢って孤独を知った  だけど失った今私は初めて  本当のひとり どういう意味だろう?といつも思っていたのですが、最近少し分かったような気がします:「大事な人と出会ったことで、過去の孤独が浮き彫りになった」ということなんですね。 私も恋人に出逢うまではずっと孤独でしたが、今思えば本当の孤独は知りませんでした。一緒になれて初めて、あの時はずいぶんと孤独だったな…と気づかされたんです。 失いたくないなあ、なんて惚気日記になってしまいました…

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先日、修論発表を終えて無事課程を修了した。 6年間の大学生活は大小さまざまな選択の連続で、自由と引き換えに責任を負うことについて始終戸惑ってばかりだった。 目標をたててちゃんと自分を律するのは難しい。いまだに自分にとってなにが幸せなのかがはっきりとは分からず、目標が見えないのだ。就活で苦戦したのもたぶんこのためだ。 マイキャンパスライフ 高校時代まで英語と国語と物理の勉強に熱心だった私だが、薬で病気を治せることに漠然とした興味をもち、大学では生命科学を専攻した。 進化論から始まる生物学のつまらない授業、なじめないサークル活動、美しくて聡明な同級生たち…大学にいてもちっとも楽しくなくて、かえって落ち込むくらいだった。次第に、掛け持ちしていたレコード店員と塾講師のアルバイトが生活の中心になっていった。 接客業は明らかに向いていなかったが、幸いどちらも好きなことだしお金がもらえたので頑張れた。バイト代でほしいものを買うことだけが楽しみだったといっても過言ではない。きれいな洋服や雑貨、レコード、雑誌は今でも私の財産だ。 大学3年に進級するころには本当に専門科目ができなくて、転学部も考えた。 でもやっぱり漠然と研究者に興味があるし、一度決めたことは最後まで成し遂げたいと感じてそのまま進級し、大学院にも進学した。 研究室選びに関しては、これでよかったのかと今でも少し悩む(過ぎたことなのでどうでもいいが)。英語で論文を執筆できることと同級生がいないこと、動物細胞の病理について研究できることが決め手だったが、教授にも先輩にも教えるスキルや熱意がなくてだんだんとやる気を失っていった。 卒論を書くころには、研究者としての就職が難しいことと自分がそれほど情熱を持てないことからいわゆる文系就職を検討しはじめた。 なので院生活はつらかった。研究への野心が半ば尽きていながら毎日研究室へ通い、結局この2年は無駄になるのでは?という不安をつねに抱えていたから。 1年目が終わる頃に出版社と金融企業のインターンシップに参加し、そこでの仕事体験と社員との対話によってようやく、自分は思ったほどバカではないし研究生活もまったく無駄にはならないだろうという自信を得た。 それでもやっぱり就活はしんどかった。行きたい会社なんてほとんどなかったし、書類でも面接でも落ちてばかりで焦る...

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2年越しに告白されたと思ったらひと月もしないうちに恋は終わった。 ただただ悔しくてかなり取り乱したし、何日もモヤモヤと考えていたけど、ようやく抜け出せそうだ。 恋…?なのか…? 2年前、大学四年生の春、彼女にフラれたという"彼奴"から急にお買い物に誘われた。 大学で全然友だちができなかった私。4年目にしていきなり男の子か、しかもフラれたということは…と気構えつつ、お酒を飲んでそれなりに話も弾み楽しかったと記憶している。 以来何度も二人で飲みに行ったり出掛けたりしたが、うんともすんとも言わない彼奴。会って話をするうちにイヤなところや価値観の不一致も見えてきたが、なぜか私は告白を待ち望んでいた。 今から一ヶ月前、ついにしびれを切らした私は、自分からカマをかけようやく彼奴から好きだというセリフを引き出した。2年前からタイミングを逃し続けていたらしい。(とんだヘタレである) けれどもこのときすでに心の中でモヤモヤが湧き始める。ー本当にこれは私の望んでいることなのか?相手を好きなのか?… まあそれでも物は試しと付き合ってみるも、全然楽しくない。目を見ようともしない彼奴、タイムスケジュールがグダグダなデート イライラしていたら普通に浮気されてしまった 。 これが事の顛末である。我ながら情けない。 それから半月ほど、私はこの先どうしたらしあわせな恋愛ができるのか?果たして私とうまくやれる人間なんかこの世にいるのか?と思い悩んでいたのだが、良書に出会ってしまった。 「ねじまき片想い」/柚木麻子 浅草にある老舗おもちゃ会社で敏腕プランナーとして働く富田宝子は、取引先のデザイナー西島に恋をしているが、5年も想いを伝えられずにいた。次々に災難に見舞われるトラブルメーカーの彼のため、持ち前の機転と自社のおもちゃを駆使しSPのごとくトラブルを解決していく宝子。けれど西島は宝子の奮闘にはまったく気がつかず?! 同僚や同居人も巻き込んで、宝子の恋が向かう先は――。 ひとりの女性が大切な気持ちと向き合うまでを描く物語。 まずもって恋がしたいという欲求自体まやかしだったのかもしれない。周りの子に彼氏ができたとか、そうなると私も寂しいとか、年頃だしといった動機からで、まだ私にはちゃんと人を好きになるすべもなさそうだ。異性とデー...

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気づけばもう夏だ。夏至を迎えてこれからいよいよたけなわだというのに、どんどん日が短くなることを考えると憂鬱になってしまうのは高校生の頃からのクセだ。 6月に入ってすぐ、内々定をもらって就活を終えた。 就活を機にこれまで以上に真剣に過去を振り返り自問自答を繰り返した結果、食欲を失うほど狼狽したり眠れない夜が続いたり、心身のバランスを崩した。 5月のさわやかな朝に、登校中毎年楽しみにしていたカルミアの花を見ても一向に心が晴れなかったため、こりゃダメだと観念して大学のカウンセリング室に駆け込んだ。(実際には満席で予約をとるのにやや苦労した。やっぱりみんな悩むんだなあ。) カウンセリングは高校生の頃にも通っていたことがある。心療内科の女医の先生だったが、あまり話を聞いてくれず、しょせん商売か…とバカバカしくなって気合いで立ち直ったため、以後カウンセリングなんて二度と行くまいと心に決めていた。 大学ならばお金もかからないし、素直に行ってみて正解だった。 カウンセラーさんはどうやら一年目の新米心理士のようだったが、うんうんうなずいて話を聞いてくれて、1時間めいっぱい語り尽くした頃にはスッと心が軽くなったような気がした。不思議なことに、普段自分一人で考えるときには思い至らなかったことまでベラベラと話しているのだ。後から自分が話したことを振り返って、これが問題だったのか…と腑に落ちる。これを定期的に行うことで、少しずつ、前に進む力をもらっている。 初回のカウンセリングで、「人生の節目にあって自分自身について悩むのは当然だ」と言われて、たしかにそうだなと納得した。そういうつらさを乗り越えて成長することこそが生きるということなのかな、とも思うようになった(すごくクサイ言い回しだけど)。いつまでもいい加減な努力のみでなんとかなると思っていてはいけないのだ。 まだ何も解決していないけど、なんだかうまくやれる気がしている。 ------------- こぼれ話 恥ずかしながら人との関係が希薄すぎるので、カウンセラーさんのような人が親しい人にいれば、とか、ともすると、カウンセラーさん自身と仲良くなりたいなどと思ってしまうわけだが、無理だと私も分かっている。24年生きていれば大体、自分がどれほど人を惹きつけられるか、人と仲良くできるかについて、諦めと...

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私なら早く終えられるだろうという、根拠のない自信から就活を舐めていたら、早々に本命だった会社の最終面接であえなく敗退。 何社か履歴書を出して少し落ち着いたところだ。 将来について明確なビジョンがもてず、現実逃避しているせいか過去の思い出ばかりが頭をよぎる。 ふと高校の頃の美術の先生のことを思い出した。 高校生の頃というのは、とてもグラグラしていて、友だちと何を話せばいいかも分からなかったし家に引きこもって勉強するかネットサーフィンするかという、今よりももっと暗い時期だった。 それでも何かやりたいと、美術部に所属していた。周りはアニメや漫画に関心の高い、いわゆるオタクっぽい女の子たちで、そこでも完全に浮いていたのであまり参加していなかった。 でも顧問の先生はこうして理由もなく入部した私を少しは気にかけてくれて、前後は忘れたがクイーンの話をしたおぼえがある。私が作った美術とも工作ともつかぬ作品も展示してくれた。卒業式には、合格発表前でナーバスになって足早に帰ろうとしている私をつかまえて、卒業祝いにメガネ拭きをくれた。 短髪で細身でさっぱりしたその先生がなんとなく好きだったのに、ボソッとお礼を言ってそそくさと帰ってしまったのを今でも後悔している。 あれからもう5年の月日が経った。今もまだ水色のプジョーに乗ってあの学校に通っているのだろうか。

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大学生になってから、いろいろな音楽を聴きたいと思って市立図書館に少し通っていたことがある。私の地元は田舎なので、一番大きな図書館でも最近流行りのJ-POPがちょろっと、あとは30年くらい前に流行った安っぽい邦楽と洋楽しか置いてなかった。しかもほとんどがベスト盤で、当時中古レコード屋でバイトを始め、少しばかり価値が分かるようになった(つもりでいた)私は、全然値打ちのないCDしかないことが分かってがっかりした。とはいえ当時は暇だったし、タダで借りられるなら聴いてみるかと思って何枚か借りていた。 そのうちの一枚が西岡恭蔵の『Glory Hallelujah』だった。 そのころ70年代の日本語ロックやフォークがマイブームで(というかみんな聴いていた、大瀧詠一が亡くなったから)、ムーンライダーズとかあがた森魚にハマっていたため、”西岡恭蔵”という名前がそれっぽいという理由のみで借りたが、これは大正解だった。 アルバムを通して聴かない私は、まず『踊り子ルイーズ』にハマり、それから『マンハッタン・ララバイ』にハマった。ゆるいおっさんながらイカすな、程度で飽きてしまってそれからしばらくあまり聴いていなかったが、今朝たまたま『プカプカ』を聴いて衝撃を受けた(という言い草はいかにも大げさなんだけど、マジで)。これが氏の代表曲であることは今日知ったんだけど。ぜひ一度聴いてみてほしい。   歌詞や曲の成り立ちについては下記サイトに詳しい。 TAP the POP ”あん娘”のような生き方は、私には到底できないと思うんだけど、だからこそ?とても憧れる。本当に、たばこ一本吸う勇気すらないなんて、やんなっちゃうけどさ。

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今日は久々に何もない休日だったので、千代田橋のアピタに行った。無印良品のオンラインショップでほしい物の在庫を確認したら、近場ではここの店舗にしかなかったからだ。 茶屋ヶ坂駅から徒歩10分。立ち並ぶ集合住宅、公園で遊ぶ子どもたち、何組かが商談を進める自動車販売店。人びとの生活が、豊かさが感じられた。 千代田橋のアピタも実家近くの稲沢のアピタと全然変わらなかった。食品や日用品が売られていて、当たり障りのない衣料品店がありフードコートがあり無印良品があった。客は大半が親子連れで、はしゃぐ子どもと満ち足りたような疲れたような顔をした親たちばかりだった。 私はまだ若いので、あんなふうに所帯をもち自分の欲求を犠牲にして子を育て、何を買うともなくアピタで休日を過ごすようなオバさんにはなりたくないと思っていたが、今日はなんとなく、いつかああなるんだろうなと思ってしまった。都会で気取ったランチを食べ、三万円のワンピースを買うような休日なんてずっと続くわけじゃないんだろうな、と。 バリバリキャリアを積んでほしいものをすべて手に入れる女になりたいと思いながら就職活動を始めたところだが、いろいろ考えるうちに私には無理かもしれない…という諦念がそう思わせたのかもしれない。家庭や素朴な生活なんて全然欲しくないのに。