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気づけばもう夏だ。夏至を迎えてこれからいよいよたけなわだというのに、どんどん日が短くなることを考えると憂鬱になってしまうのは高校生の頃からのクセだ。


6月に入ってすぐ、内々定をもらって就活を終えた。
就活を機にこれまで以上に真剣に過去を振り返り自問自答を繰り返した結果、食欲を失うほど狼狽したり眠れない夜が続いたり、心身のバランスを崩した。
5月のさわやかな朝に、登校中毎年楽しみにしていたカルミアの花を見ても一向に心が晴れなかったため、こりゃダメだと観念して大学のカウンセリング室に駆け込んだ。(実際には満席で予約をとるのにやや苦労した。やっぱりみんな悩むんだなあ。)

カウンセリングは高校生の頃にも通っていたことがある。心療内科の女医の先生だったが、あまり話を聞いてくれず、しょせん商売か…とバカバカしくなって気合いで立ち直ったため、以後カウンセリングなんて二度と行くまいと心に決めていた。

大学ならばお金もかからないし、素直に行ってみて正解だった。
カウンセラーさんはどうやら一年目の新米心理士のようだったが、うんうんうなずいて話を聞いてくれて、1時間めいっぱい語り尽くした頃にはスッと心が軽くなったような気がした。不思議なことに、普段自分一人で考えるときには思い至らなかったことまでベラベラと話しているのだ。後から自分が話したことを振り返って、これが問題だったのか…と腑に落ちる。これを定期的に行うことで、少しずつ、前に進む力をもらっている。

初回のカウンセリングで、「人生の節目にあって自分自身について悩むのは当然だ」と言われて、たしかにそうだなと納得した。そういうつらさを乗り越えて成長することこそが生きるということなのかな、とも思うようになった(すごくクサイ言い回しだけど)。いつまでもいい加減な努力のみでなんとかなると思っていてはいけないのだ。

まだ何も解決していないけど、なんだかうまくやれる気がしている。




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こぼれ話
恥ずかしながら人との関係が希薄すぎるので、カウンセラーさんのような人が親しい人にいれば、とか、ともすると、カウンセラーさん自身と仲良くなりたいなどと思ってしまうわけだが、無理だと私も分かっている。24年生きていれば大体、自分がどれほど人を惹きつけられるか、人と仲良くできるかについて、諦めとともに痛く自覚している。
ただこういう特殊な相手に想いを馳せること自体を愉しんでいるのかもしれない。なんだか小川洋子の小説のようだと思った。

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